山の神さま

 戦後、間もない頃でしたが、友人が「こんな話を採録したが」と言って聞かせてくれました。 それを記してみます。

 昔、ある山の村に、山仕事の上手な若者がおった。両親に早く死に別れて孤独であったので、世話する人があって嫁をもらったが、若い二人は仲睦まじく人も羨むほどであったという。 若者は10日ほど山に入って仕事をし、2・3日家で休んでまた山へ出掛けることを繰り返していたのだが、そのうち嫁は妙なことに気付いた。

 若者が山へ出掛ける朝は入念に湯浴みをし、ヒゲを剃り、髪を整え、さっぱりした服装をして山へ出掛けるのである。 度重なるうちに嫁は、うちの人はきっと他にオナメ(女)でも持ったのではなかろうかと疑い、若者の山入りの後をそっと尾(つ)けた。

 山の仕事場に近づくと若者の挽くノコの音がしたので、木陰に隠れてそちらを見るとこはいかに、木の枝の上に奇麗な着物を着た若い美しい女の人が居て、扇で若者を手招きしているではないか。 「ああやっぱり!」と嫁は思わず走り出して「あやや、お前さん!」と叫んだら、女の人の姿がフッと消え、若者の上に倒れてきて、とうとう死んでしまったと。

 だから、山の仕事さばオナゴが口を出すもんでねぇ、と…・・。


(郷土史研究家 関 久 氏の論文)