山子のタンポ

用野目にお住まいの田中さんは、長年、営林署の作業員のチーフをおやりになった方です。民間でいえば「山頭:やまがしら」にあたる方です。

いつがお会いした時 「田中さん、山子のタンポ串、持ってながんすか」と聞きましたら 「持ってはいねぇが、こしゃでやる」と言われ、間もなく 「少し短いが、まぁ、こんたらもんだべ」と、杉の棒を削って何本か持ってきて下さいました。 普通のタンポ串の長さが1尺3寸(約40cm)なのに、山子のタンポ串は優に2尺5寸(約75cm)はあるのが普通なのだそうです。

 山へ入る日が決まると、何本かのタンポ串を削る。これが山子の最初の仕事だったのです。 山子のタンポ串が何故長いのか、それを申し上げる前に山子の仕組みについて記してみましょう。 山子の集団の最小単位は、はっきり定まっている訳ではありませんが、5〜6人というところが一番多いのだそうです。

 山頭(リーダー)には、山のしきたり、忌み、伐採運材についての豊富な知識、経験があって人望のある人がなるのですが、世襲の場合も、又グループの統率力のある人の場合もあります。 グループの構成も山頭との師弟関係、同集落内あるいは親類同士、気の合った仲間などさまざまで一定しておりません。

 さて、山主や山師(木材業者)から伐採の依頼を受けると、山頭はまず伐採数量、作業の時間、山の地形など を依頼者と共に現地で調査し、伐採や運材の請負価格の交渉に入りますが、この時が山頭の器量の見せどころで、海千山千の山師と丁々発止と渉り合い、伐採価 格、運材価格などの取り決めをします。 山子の仕事と申しますのは、小屋掛けに始まり、道つけ(運材路)伐採、運材(ドットコ:トビを使っての人 力運材と、バチゾリ、ヨツゾリを使う運材とあり、いずれも馬搬のきく所まで)土場への木材の巻き立てなどを言うのですが、請負価格は伐倒した木材の単位体 積(石:こく)当たりで決めます。

 価格の算定が難儀で決められないときは、日当払い(捨て扶持)になるのですが、これは両者共あまり得策ではありませんので、ギリギリの駆け引きが続けられることになります。 伐採数量が多いと山子を増員することになり、山頭は気の合ったいくつかのグループと交渉して取りまとめるのですが、一万石位の大きな山になると、山子の数も30人以上になることがあると申します。 山子は10人以上だと専門のカシキ(炊夫)が付くのが普通で、そのカシキの費用を山子が負担するのか、山師が負担するのかで、また、やりとりが続くのですが、小人数の場合のカシキは山子の持ち回り当番でつとめました。

・山子のタンポ串の出番

 山小屋には最小限の炊事道具、食器しか持って行かなかったから、当番の山子は皆の食事が終わると大急ぎで残飯 (大抵オコゲが付いている)をタンポ串に握り付け(*だからゴロゴロしている)。鳥羽小屋(稲藁を子縄で編んだものをトバ=鳥の羽に似ているから=と言 い、軽くて持ち運びが容易なので山の小屋掛けの材料に重宝された)の壁の上の方に差して鍋を洗い、コメをといで次の食事の準備を調えて、自分もまた山へ 登って伐採作業をしなければなりませんでした。

 昼食は、現場が遠いと皆大きなマゲワッパの弁当を持って行くのですが、近ければ小屋に帰って食べますか ら、カシキ当番の仕事は朝の時と同じです。また、夕食も早く後片付けをして、明日使うノコの目立てなど道具の手入れをしなければなりませんでしたから、山 子のタンポの串の出番は結構ありました。 夕刻、山から帰って夕飯の支度の出来るまで当番以外の山子達は鳥羽壁のタンポに味噌を付けて熾(おき)に焙(あぶ)り間食にしました。

 串が長いのは山小屋盛んに燃える焚き火が熱いので、遠くから火の上に差し出せるようにしたからだと申します。

 このように、山子のタンポ串は山子の生活の知恵から生まれた必需品でありましたから、鹿角山子は、山入りが決まるとまずタンポ串を何本か削って、山行きの荷物の中に加えたのです。

(郷土史研究家 関 久 氏の論文)